きゅうり

 

盛々夏野菜のハードエッセイ & ショートストーリー 【思想、心理、書評、劇評、感想、あらすじ】
 

 

 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 

 

 

 

 
俺が観たのは11月9日13時30分の回であった。この回が特別だったのか? 何かあったのか? 演出の鵜山さんはどうかしてしまったのか? 見るべき場面がほとんどなく、カーテンコールなしという異例の終わり方であった。俳優のモチベーションも下がりっぱなしであろう。

全編を通じて法華経問答が延々とつづく、ディスカッションドラマの性格が強い本作は、決して取り組みやすい本ではない。安易な姿勢で臨めば大やけどするたぐいの難物であり、文字通り大やけどを負ってしまったのがこの公演であった。どこが駄目だったかを考えてみた。

(1)喜劇的人物が喜劇のキャラクターとしてしか描かれていない。山男(小倉毅)も三十郎(土屋良太)も、本人たちの切実さが周囲と化学反応したときにはじめて「おかしみ」を醸すはずなのだが、最初から笑いを狙いにいってしまった。だから、長ゼリフを聞いていると飽きてきて、早く言い終わることを願ってしまう。

(2)この本では、擬音(汽車の走行音)を俳優の声で表現するという特殊な趣向がドラマの推進力になっているのだが、本公演では擬音担当になった俳優を囃し方のようにホリゾントの前に座らせ、折り目正しい「演奏」をさせただけだった。では、俳優に言わせることの意味は何なのか? 俳優に言わせる以上は、たとえト書きに書いてあっても「セリフ」なのだから、自己主張し、でしゃばり、前景の芝居に介入してよいのだし、それが作者の意図であろう。特に「8場」の「シュラシュシュシュ」は瀕死の賢治に捧げる鎮魂のコーラスであって、執拗に自己主張し、前景を圧倒してしまえばよかったのだ。しかし、本公演では予想どおり間の抜けた「演奏」でしかなかった。

(3)「5場」における賢治(井上芳雄)と父(辻萬長)との仏教問答は、上滑りな会話が続き、退屈この上なかった。賢治を演ずる俳優に「日蓮の思想への共鳴」を要求しては行き過ぎかもしれないが、「日蓮の思想に共鳴する賢治」に共感することはできるはずであり、そういうプロセスを経ればこそ日蓮を擁護するセリフにも熱が入るというもの。浄土真宗を擁護する父親役とて同様である。しかしこの場面では、二人とも他人事を話しているようにしか聞こえなかった。
舞台上で本格的な宗教論争を展開するわけにはいかないという配慮から、戯曲の中ではそれが「言葉遊び」や「揚げ足取り」に置換えられている。しかしそれを単なるコメディとして演じてしまっては、この親子をなりふりかまわぬ真っ向勝負に駆り立てている、それぞれの信仰の深さがまったく見て取れないのだ。

(4)「9場」における第一郎(石橋徹郎)のセリフに石原莞爾の名前が出てくるところは、賢治の奉ずる日蓮の思想がねじまげられて政治利用され、侵略の大義名分として使われようとしていることが明らかになる場面だ。つまり、この場面は「賢治と歴史との対決」という意味をもっている。したがって、石原莞爾の名が聞かれた瞬間、舞台には軍靴の音を幻聴させるくらいの緊張が走るはずなのだ。ところが実際の舞台のゆるさは何であろう? 茶飲み話に毛が生えた程度のテンションでしかなかった。作者が彫琢したセリフを、一語一語丁寧に読みこむ努力を怠った結果であろう。

(5)同じ「9場」で、賢治が自分を「三十五になっても親がかりのデクノボー」と呼ぶところがある。俺は、「あーそのとおりだね、デクノボーだね、どうしようもないね」と言いたくなった。
賢治のどこが「ただのデクノボー」とは違うのか、セリフには書かれていないその答を提示するのが、この芝居の役割であるはずなのだ。

初演(木村光一演出)の評判が高かっただけに、失望は大きかった。このままでは納得できない。蜷川氏か栗山氏の演出で、リベンジを果たしてもらいたい。

イーハトーボの劇列車 公式サイト


戯曲は面白い。
井上ひさし全芝居 (その3)井上ひさし全芝居 (その3)
(1984/07)
井上 ひさし

商品詳細を見る
 
テーマ * 演劇 ジャンル * 学問・文化・芸術

 

 

Comment

 

Secret?


 

 

 

 

*Template By-MoMo.ka* Copyright © 2017 まず深呼吸、一歩引いて気楽に行こう, all rights reserved.

盛々夏野菜

Author:盛々夏野菜

男性、既婚、事務系サラリーマン。
現代思想フェチだが、本を読むのが遅いのであまり多くは読めない。地底人生活を経て現在は臨床心理に関心がある。新鮮な胡瓜が好き。
VBA Expert Standard Crown
VBA Expert Standard Crown

未分類 (1)
思想とメンタルヘルス (34)
シアター (8)
シネマ (0)
ミュージック (4)
デジタル (2)
自分を苦しめない暮らしかた (19)
全体は部分に優先する (9)
高橋和巳 (3)
アラン『幸福論』 (2)
自我の二重化という手法 (2)
鄭義信 (8)
浜田麻里 (4)
外国文学 (1)
日本文学 (10)
政治 (9)
マスコミ (3)
疑似科学・擬似医学 (3)
石原加受子 (2)
掌編小説 (7)

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。