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盛々夏野菜のハードエッセイ & ショートストーリー 【思想、心理、書評、劇評、感想、あらすじ】
 

 

 
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こちらに引っ越しました。











昨日の昼公演に行き、一晩経ってまだ興奮がさめない。そんなことはいまだかつてなかった。

本公演のどこが凄いかを一言でくくるなら、「あふれる詩情」と「キッチュ」の融合という奇跡であろう。もちろん、すべての唐戯曲はこの称号にあたいするかもしれない。とはいえ、唐さんの多幕物ではこの両者がもっと複雑なかたちでからみあう。いいかえれば、両者のあいだの断層は、作家の力量により、ストーリーの中で馴化されるのだ。それにひきかえ本作は、「あふれる叙情性」のいっさいが、終幕における「血糊の噴出」というあざとい視覚効果の猟奇性によって一気に形象化される、単純きわまる構成であり、馴化の余地がない(注1)。両者の断層は深く、薄氷を踏むようなバランス感覚と、なみはずれた力業(ちからわざ)を同時に発揮することができなければ成功はおぼつかないはずだ。ところが、本公演はこの両方をわがものとし、断層を一気に飛びこえてみせる。俺たちがおぼえる感動の深さは、この困難な跳躍の高さと速度に比例するのではないだろうか。そう考えれば、かつてない感動の深さに説明がつく気がする。

本公演最大の収穫は女優・大空祐飛さんであろう。シェイクスピア顔負けの叙情性をもち、それゆえに手強い、唐戯曲との格闘の中から、崇高というべきヒロインの存在をひきだしてきた。そうなのだ、この崇高さこそが唐戯曲ヒロインの理想形なのである。

登場場面とか、ラストとか、名シーンはたくさんあるのだが、もっとも俺の印象に残ったのは、いきなり正座して、滝の白糸の口上を述べはじめるところだ(注2)。正座した彼女は、口上を述べるまえにほつれた髪をなでつけて(注4)、見えない観衆への敬意をあらわす。戯曲には書き込まれていないこの小さな動作が、舞台に緊張を走らせ、幕切れの悲劇に向けて一気にドラマを加速させる。

白糸太夫の装束に着替えて披露する水芸のシーンは、菖蒲と噴水に囲まれてたぐいまれな美しさだし、手首を切り、鮮血を迸らせながらクレーンにのって宙を舞うラストも美しい。「それでは皆さま、手首の蛇口を外しましょう!」こんな美しい決めゼリフを書ける作家は二人といないだろうが、このセリフを彼女ほど完璧に言える女優もいないだろう。

それから、彼女の存在感の秘密のひとつが、挑むような、それでいてつねに淋しそうな目線であることは、この舞台を観た人なら誰でも気がついているだろう(注3)。

ところで、『唐十郎全作品集 第四巻』の解説によると、朝日新聞<彦>は1975年の初演を評して「この公演が必ずしも成功していないのは、第一に、元来がこじんまりとしたまとまりのよさをもつこの一幕劇が、いわば強引に”演劇スペクタクル”に拡大されたため、そこにどうにも埋められぬすき間、つまりは一種の空々しさがつきまとうためだ」と書いたそうな。しかし本公演を観たあと、俺はこの批評を「たわけ」と思った。すべての要素が幕切れの悲劇に向けて収束していくこの戯曲の構造は、血しぶき飛び交う”演劇スペクタクル”を不可避的に要請する。したがって、この野心あふれる戯曲は、現場に対し、そして観客の想像力に対し、(朝日新聞<彦>の言葉で言えば)「すき間」を埋めてみろと挑戦しているのだ。そんなこともわからないのだろうか。

いやそれとも、俺の観ていない初演の舞台成果がその程度のものだったのだろうか。今となっては知るすべはない。しかし、演出の蜷川氏は、「エンタメターミナル」のコメントで「殊にこの作品には出会った時から恋をし続けており、今回はその恋がひとつの成就を迎えたと言って良い仕上がりになりました」と述べている。すると、本公演は過去4公演の中でぬきん出た舞台成果を上げていて、それゆえに、俺は最初に述べた「詩情とキッチュの融合」を語ることができたということなのかもしれない。融合が成功しているのを見なければ、語ることはできないからね。

(注1)お甲を中心としてあらすじを述べればこうである。お甲はかつて激情に駆られ、男と二人で手首を切り心中をはかって生き残った。その後過去を清算し、地味だが平穏な生活を小人たちと送っている。そして今、彼女は自分の命とひきかえにその小さな幸福を守ろうとして、もう一度手首を切る。

(注2)「あ、そうだ、滝の白糸。(急に変な声で)これより、お目にかけまするは白糸太夫の涙の恋がらみ、ちぎれてはなれし、天界の、あの人の供養の特別興行でございます」(角川文庫『唐版 滝の白糸』81ページ。冬樹社『唐十郎全作品集 第四巻』230ページ。ただしどちらも絶版。今年の連続公演を期に「盲導犬」「唐版 滝の白糸」だけでも復刊されないだろうか。)

(注3)舞台写真からその片鱗が見て取れるかもしれない。

(注4)2013年12月29日の追記。WOWOWの放送をみたら、この動作はしていなかった。俺の記憶ちがいかもしれない。

お甲の癒やしの物語--蜷川幸雄演出「唐版 滝の白糸」(つづき)

作品公式ホームページ

アマゾンに収録戯曲集の画像が見当たらないので、スキャン画像を掲載しておく。
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テーマ * 演劇・劇団 ジャンル * 学問・文化・芸術

 

 

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Author:盛々夏野菜

男性、既婚、事務系サラリーマン。
現代思想フェチだが、本を読むのが遅いのであまり多くは読めない。地底人生活を経て現在は臨床心理に関心がある。新鮮な胡瓜が好き。
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