きゅうり

 

盛々夏野菜のハードエッセイ & ショートストーリー 【思想、心理、書評、劇評、感想、あらすじ】
 

 

 
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昨年から読書ペースがめっきり落ちてしまった。作文をライフワークと考えている俺にとって読書は栄養補給であると同時に精神の鍛錬でもあるから、これはぬきさしならない問題だった。原因はわかっていた。

<問題1>

ひとつは年齢からくる視力の衰えだ。俺は電車通勤族だから、以前は一時間の通勤時間をまるごと読書にあてることができた。しかしこの一、二年、電車内の暗い照明で本を読むとひどい眼精疲労で健康を害するほどになり、電車内の読書は断念せざるをえなくなった。三・一一以降、車内の蛍光管が一本おきに抜きとられ、照度が低下したことが影響しているかもしれない。

<問題2>

もうひとつは難解本だ。わが読書の主力は人文書と文学書のいずれも翻訳で、なぜか難解本が多い。どうも俺には小難しいのを好む性癖があるようだ。多少とっつきにくくても、丁寧な訳業でさえあればどうにか読みこなせると思うのだが、問題は、訳語の選択に窮したまま放置された箇所のある翻訳なのだ。これには、その著作にたいする研究が十分にすすんでいなくて、訳者がいくら努力しても正しい読みを提示しえないという不可抗力的なケースと、出版社や訳者の都合により時間切れで推敲が打ち切られた確信犯的なケースがあるようだ。どちらの場合も疑問の箇所を直訳に近い形で放りだしてあり、俺は他の訳文との脈絡をつけようとして奮闘するが、訳者にも見いだせなかった脈絡が俺に見つけられるわけはなく、やがて集中力が切れてしまい、睡魔におそわれたり、気晴らしのためネット閲覧にふけるようになる。こうしてふたたびその本にとりかかるまでには一時間かかったり、一日かかったり、一週間かかったり、場合によってはそのまま読まなくなってしまう。


しかし実をいうと、現在の俺はこれらの問題をなかば解決してしまったのである。以下ではその経過を述べてみたい。

<問題1の解決 iPhone>

最初のほうは照明が問題だったから、ライトつきの電子書籍をためしてみようと思いたち、Kindle Paperwhiteを導入した。しかしドットの粗さと照明ムラによって余分な視覚情報が入ってきて、文字を追う作業の障害になるため、俺は集中して読むことができなかった。次に携帯用の読書灯を持ち歩き、紙の本を読もうとして各種の商品を試したが、携帯用の光源で十分な明るさが得られることはなかった。

こうしてやはり通勤時間の読書はできないものとあきらめていたのだが、それが携帯電話をiPhoneにしたら一気に解決したのである。iPhone標準の「ヒラギノ明朝」書体は癖がなくて、電子書籍専用端末の書体と比較しても断然読みやすい。ディスプレイの解像度は申し分なく、文字の輪郭がなめらかで紙の本とくらべても遜色がない。しかも俺が選んだ電子書籍アプリ=Kinoppyでは、文字の倍率が無断階で調整できるので、俺の視力に最適化した文字サイズで読むことができる。ゆいいつ気になっていたのは、iPhoneの光源はバックライトだからLEDの照明が液晶パネルを透して直接目に入るという点だった(これにたいして、専用端末はフロントライトで目にやさしいと言われている)。たしかに使い始めの頃は目の疲労が気になったが、これはブルーライトカット仕様の黄色っぽいフィルムを貼ることで解決した。そしてなんと、俺はこのiPhone+Kinoppyの組み合わせにより、今年一月中の職場への往復時間だけで、半藤一利『昭和史 1926-1945』『昭和史 戦後篇 1945-1989』の二冊を読破したのだ。二冊あわせ、原著で一千ページ超のボリュームである。

<問題2の解決 NLP>

さて、あとのほうの「難解箇所で集中力が切れる」問題については、要するに割りきって先へ進むことができればよいのだが、その「割り切る」という行為、断層を跳びこえる「決断」こそが困難なのだった。そこで、NLPのセミナーで習いたての「8フレーム・アウトカム」を試してみることにした。NLPの凄いところは、レシピのとおりにワークをすすめると、絶対に解決不可能と思っていた問題を解決するためのリソースを自分がもっていたことに気づくところなのだ。別の言いかたをすると、NLPは抵抗をコントロールするテクニックの宝庫なので、重要性は認識していながらも内的な葛藤(抵抗)のために手をつけられずにいた問題が、解決に向けて動き出すようなのだ。ところで、俺はNLPのレシピが効果的であることを多少は体験的に知っているけれども、レシピの意味は理解していないため解説することができない。だからワークの詳細については省略する。

今回俺が「8フレーム・アウトカム」のワークから引きだした解決策はこうだった。
(1)これから読もうとする章の最終ページに、上へはみ出すように付箋を貼る。
(2)そのページを読み終える目標時刻を、付箋のはみ出した部分に書き込む。ただし十分余裕をもった時刻とする。たとえば一ページあたり二分の計算とし、端数を三十分単位で切り上げた時刻だ。
(3)文字盤の大きな時計を机に置いて読みはじめる(ただし俺は手頃な時計をもっていないので、PCのデスクトップ時計アプリで代用する)。

こうして俺は、1巻から3巻まで読むのに三か月かかっていた『ジロドゥ戯曲全集』の4、5巻を、わずか三日間で読むことに成功したのだ。それで、上記の解決策のどこがよかったのか考えてみた。

若いころ、形だけの速読、つまり目で文字を追う速さだけをひたすら追求する読みかた(したがって内容はまったく頭に入らない)によって膨大な時間を棒に振った苦い経験から、俺は「ゆっくり読むことだけが正しい」という信念を抱くにいたった。こうして、「割りきって」先に進むとか、終わりの時刻を決めるという考えは、この悪しき速読の経験を呼びおこし、強い抵抗をひきおこすようになった。

しかし上記のワークの結果、俺は時間を区切る(終わりの時刻を決める)方法を積極的に評価する気になった。時間を区切っても、目標とする時刻が十分に遅ければ速読の強制にはならない。また時間の刻みを細かくし、一冊ではなく一章ごとに目標時刻を設けることによって、ゴールが見えやすくなり、一大決心をする必要がなくなる。これをやってみて、俺は自分に二時間で五十ページ読む能力があるという当然の事実を、いまさらのように思い出した。さらに、時間を区切る方法には嬉しい特典がついてくるという発見があった。それは目標時刻より早く予定の箇所まで到達したとき、残りの時間を自由に使えることだ。これはノルマに縛られない至福の時間であって、ボーっとしてもいいし、音楽を聞いてもいいし、読書をすこし先に進めるのに使ってもいい。つまり、読書の能率をアップさせる工夫を実行にうつすことによって、俺は同時に、読書中心のわが人生に読書とは別の価値を挿入たり、あるいはまったく反対に、読書生活をいっそう研ぎ澄ますことがきるわけだ。しかも、もともと目標時刻を遅めに設定しているから、たいていの場合はこの特典が手に入ることになっている。

なお、「付箋に書かれた時刻」と「机の上の時計」という演出は、「時間の区切り」に身を任せてみるというしなやかな決意を、視覚の側から後押しする仕掛けであった。 
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Author:盛々夏野菜

男性、既婚、事務系サラリーマン。
現代思想フェチだが、本を読むのが遅いのであまり多くは読めない。地底人生活を経て現在は臨床心理に関心がある。新鮮な胡瓜が好き。
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