きゅうり

 

盛々夏野菜のハードエッセイ & ショートストーリー 【思想、心理、書評、劇評、感想、あらすじ】
 

 

 
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遠近両用メガネの装用とともに、俺の視力はいまだかつて経験したことのない新しい境地に入る。

(1)視野の全体がクリアに見えるということはもはやなく、ぼんやりとしか見えないことに甘んじなくてはらない部分(とくに斜め方向)がある。しかしそれは「正面遠方」と「正面下方」を重視して設計された遠近両用メガネというものの特性なのだ。むしろ俺はこの日から別の生物の視力を手に入れるといっていい。斜め方向をクリアに見るという、実用的にはさして意味のない能力の喪失を嘆くよりも、新しい視力に早く適応し、その可能性を十分にひきだすことに集中するほうがいいだろう。

(2)単焦点レンズでは、変化するものは対象物の位置だけであった。しかし遠近両用レンズは度数が累進的に変化するから、変数(変化するもの)が二つになる。つまり「対象物の位置の変化」と「レンズ上の部位による度数の変化」だ。俺は、自由に位置を変える対象物を、レンズ上のさまざまな部位を透して見る。こうして二つの変数の相互作用による見え方の変化には無限のバリエーションが存在することとなり、日常の経験から類推できる範囲を超えてしまう。

(3)上記(2)の現象をいっそう強烈に認識させられるのは、二本目の遠近両用メガネに替えたときであろう。遠近両用メガネをつくりなおす場合、十中八九、加入度数が増すはずであるが、それは、度数変化のグラデーションのカーブがきつくなるということでもある。グラデーションのカーブがゆるいときは書物の活字に焦点の合う視野は比較的広かったが、カーブがきつくなるとその視野は一気に狭くなる。こうして、一本目の経験にもとづく「こう見えるはずだ」という予断がまったく役に立たなくなる。光学に疎い者は、へたな予断をもって結局失望に至るよりも、知的努力によって視覚の変化を馴致しようとするのをやめ、この新しい視力が実際に世界をどう見せてくれるかを、自分の身体によって一から体験しなおすほうが賢明であろう。 
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Author:盛々夏野菜

男性、既婚、事務系サラリーマン。
現代思想フェチだが、本を読むのが遅いのであまり多くは読めない。地底人生活を経て現在は臨床心理に関心がある。新鮮な胡瓜が好き。
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