きゅうり

 

盛々夏野菜のハードエッセイ & ショートストーリー 【思想、心理、書評、劇評、感想、あらすじ】
 

 

 
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本書の提唱する「解決志向アプローチ」ではこう考える、人は自分のメンタルな諸問題を解決するスキルを有していると。しかし、人はさまざまな原因でその能力をうまく引きだせなくなってしまうばかりか、自分がそれをできていたことさえ時として忘れてしまう。そして知的な努力によってその能力を補おうとし、いっそう深みにはまっていく。

たとえば、不安をコントロールできないかもしれないという不安は、いっそう不安をつのらせる。しかし「解決志向アプローチ」によれば、そもそも人は不安を自動的にコントロールするスキルを有している。それゆえ、不安のコントロールなるものについて知的に理解する必要もないし、練習する必要もない。ただ単に、ふだんの自分が実際にはとても上手に不安をコントロールしていることを思いだし、その体験をいきいきと喚起しさえすればいい。そのための導き手が催眠療法家である。こうして、「不安のコントロール」は賽の河原に石をつむ類いの難事業ではなくなり、およそすべての人間にわけへだてなく与えられた基本的なリソースであることがわかる。人はその問題を深刻に考えすぎて、自動的な過程の作動に自分でブレーキをかけていたのだ。

(同様の過程が、本書の第5章で「おねしょ」と「筋肉のコントロール」をテーマとして詳述されている。)

さて、本書は俺にとってエリクソン書籍の3冊目だ。専門家向けセッションの記録であり、省略が多いのと、そもそも俺が今までなじんできた思考法とはかけ離れた思考を強いるために、読み進むのに苦労する。実際、途中まで読んで半年ほどほったらかしていた。しかし久々に読んでみて、この学派がもつ柔軟な思考法は、俺の回復にとって不可欠なツールになりつつあると思った。

俺は催眠療法家をめざしていない。あくまでもひとりのクライアントにすぎないが、それでも本書を読むことは有益だと思う。そもそも、神経症の核にある「不合理な信念」、これは視点を変えれてみれば暗示(催眠)の一変種なのではないか。もっともそれは複雑に入り組み、何重にもロックのかかった厄介な暗示ではあろうけれど。当然、そこからの回復過程も催眠と無縁ではありえない。

ミルトン・エリクソンの催眠療法入門―解決志向アプローチミルトン・エリクソンの催眠療法入門―解決志向アプローチ
(2001/05)
W.H. オハンロン、M. マーチン 他

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食生活を変えようとしてみて、俺は自分の満腹中枢がこわれているんではないかと思うようになった。生理的な満腹感が食欲のブレーキにならないのだ。満腹感にたいする感受性が弱いともいえる。生理的には満腹しているはずなのに、食卓が空になるまで食べつづけなければ気がすまないのは、満腹感に優先する衝動が存在するからにほかならない。俺はこれを貪欲さや、過食行動をひきだすストレスの際限のなさだと思っていた。たしかにそれもある。しかしもっと強力なエンジンが存在することを思いだした。「残さず食べなさい」という超自我の命令だ。

「残さず食べなさい」というしつけは、たしかに幼児期の特定のステージでは有効に作用するだろう。しかし度が過ぎれば(注1)、満腹して食べるのをやめるという動物として当然の本能的手続きを破壊してしまう。しかも、それは悪しき習慣に火をつける。というのは、満腹感に優先する価値がひとつでも存在することを学んでしまった子どもは、やがて征服欲やストレス処理のために満腹感の警告を無視して暴走することをおぼえるからだ。長じてウエイトコントロールをしなくてはならなくなったとき、それが重大な障害になることも知らずに。

俺は今、満腹感にたいする感受性を回復しようとしている。その過程で「残さず食べなさい」という超自我の命令に気づいたことはさいわいだった。動物としての生理に逆らう不合理な信念はさっさと始末するに限る。

さて、こうは言ってみたけれど、俺は「動物としての生理に逆らう不合理な信念」をごまんとかかえているのではないのか。いつの日か、すっかり始末しおえて楽になりたいと思っているが、今回、超自我の命令に気づいたことは、モデルケースとして、俺のこれからの道行きにひとすじの光明となるだろう。

(注1)たとえば、食べ過ぎて苦しんでいるのにやめるのを許さないとか。 
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こちらに引っ越しました。













サッカーファンでもない俺が本書にコメントすることを不思議に思う人がいるかもしれない。実は昨年の4月15日、TBS『噂の東京マガジン』が町田市とFC町田ゼルビアについて、偏見にこりかたまった卑劣な報道を流しているのを偶然観てしまった俺は、その報道姿勢に大いに疑問をもち、批判記事を書いた。当時、このブログのアクセス数は一気に増え(といっても弱小ブログであるから一日にせいぜい数十アクセスであるが)、その記事にはこのブログ最多の15拍手がついた。俺にとってインパクトの強いできごとだった。そして昨年末、一時的だがアクセスがまた一気に増え、その理由を調べているうちに上記の記事がFacebookで紹介されたことを知った。そこには酒井良選手のブログのリンクもあり、同選手のブログをみると、本書が紹介されていた。

本書はFC町田ゼルビアを設立し、発展させ、サポートし、J2昇格のために尽力したひとびとの列伝である。町田ゼルビア代表・守屋実氏(20ページ)、「町田ゼルビアを支える会」を立ち上げたサポーター・石黒修一氏(44ページ)、学校法人玉川学園総務部長・山田剛康氏(53ページ)、ゼネラルマネージャー・唐井直氏(63ページ)、ランコ・ポポヴィッチ監督(66ページ)、Jリーグ専務理事・中野幸夫氏(92ページ)、町田市・石阪市長(99ページ)、酒井良選手(124ページ)、元町田サッカー協会理事長・重田貞夫氏(153ページ)、オズワルド・アルディレス監督(184ページ)。

大企業を母体としない市民クラブによるJリーグへの挑戦。それはドイツを手本とし、スポーツを町の文化としてねづかせていく壮大な試みの一部であった。そして「美しく攻撃的なサッカー」を理念とし、その理念に徹底的にこだわるぶれない信念(165ページ)。プロサッカーチームの新しいかたちを模索し、着々と成功をおさめているかれらの、知恵と勇気と努力に拍手を送りたい。報道で流されたスタジアム問題の真相は第3章で詳しく語られる。メディアセンターの建設という起死回生の秘策を市長が決断したことによって、J2入りは一気に具体化した。

さて、2012年のシーズンをJ2最下位で終えたFC町田ゼルビアは、JFL(3部リーグ)へ降格となり、2013年、ふたたびJ2入りをめざして戦う。がんばれ町田ゼルビア。

FC町田ゼルビアの美学: Jリーグ昇格を勝ち取った市民クラブの挑戦FC町田ゼルビアの美学: Jリーグ昇格を勝ち取った市民クラブの挑戦
(2012/03/23)
佐藤 拓也

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Author:盛々夏野菜

男性、既婚、事務系サラリーマン。
現代思想フェチだが、本を読むのが遅いのであまり多くは読めない。地底人生活を経て現在は臨床心理に関心がある。新鮮な胡瓜が好き。
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