きゅうり

 

盛々夏野菜のハードエッセイ & ショートストーリー 【思想、心理、書評、劇評、感想、あらすじ】
 

 

 
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難解だった。

同じ作者の『ノストローモ』にも手を焼いた(若いころに二度挑戦したがいずれも途中までで挫折し、数年前に三度目でやっと通読できた)。
しかし、この作家については『ノストローモ』が一番難解というのが定説なので、本作『ロード・ジム』はもっと与しやすいだろうと高をくくっていた。

それが甘かった。あまりの難解さに、少しでも噛み砕かれた表現を求めて次の三種類の訳書、

(1)筑摩書房「世界文学全集46 ジョイス・コンラッド集」(矢島剛一訳)1970年
(2)講談社文芸文庫「ロード・ジム(上)」「ロード・ジム(下)」(鈴木健三訳)2000年
(3)河出書房新社「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集03 ロード・ジム」(柴田元幸訳)2011年

を取っ替え引っ替えしながら四分の一ほど読み進んだあげく、結局、「(1)をメインとし、(1)で詰まったところを最新訳の(3)で補いながら読む」という方針で、はじめから読み直すことにした。
(3)は最新の研究成果が盛り込まれていて、その点では信頼に足る訳だが、日本語の表現が硬くて、通読するには根気がもたないと思う。
(2)は(3)ほど硬くはないが、暗示だらけの本作を読むにはまだ難しすぎる。字面を見てただちに文の意図が拾えず、脳内の膨大な置き換え作業を要するため、疲労してすぐ眠くなってしまう。
(1)は硬い表現を解きほぐして熟した日本語に置き換えていくセンスにすぐれた労作である。本作はこれくらい噛み砕いてやっと読めるようになる(しかし「やっと」だ。依然として難しい。何度も「もっと噛み砕いてよ」と叫びたくなる)。

さて、通読してみて、あらためて凄い作家に出会ってしまったという確信を深くした。一文一文のクオリティが途轍もなく高い。小説の言説なるものについて俺たちの抱いているはかない固定観念を次々と打ち砕き、アクロバティックな言葉の「芸」を繰り出してゆく。

作者は(1)伝統的な小説と同じ「神の視点」、(2)マーロウの視点による語り、(3)別の視点人物群の証言にもとづくマーロウの語り、(4)マーロウの手紙 という複眼的な手法で、ジムという致命的な欠陥をもったヒーローの肖像を描きだす。

各視点人物に固有のバイアスがかかった語りの交錯を透かして、ジムの肖像が立体的に浮かび上がる。
それは、無類の勇気と克己心をもちながらも、見境なく空想の侵入を許してしまう性格のために、最後まで幸福に生きることのできなかった、底抜けに無器用な男の悲劇だ。しかし彼の存在は、彼とかかわった視点人物たちが述べる彼への同情または批判を通じて、その人物たち自身の救いようのない欠点を逆照射してみせる。
ジムはたしかに一面嗤うべき人物であった。しかし彼を嗤う者は、彼を嗤うことによって自分の愚かさを露呈する。
語り手のマーロウは、ジムを決して神話的人物に祀り上げたりはしないが、愚かでも愛すべきこの人物に対する共感を失うことはない。ジムの悲劇的な人生に救いがあるとすれば、それはマーロウに見守られつづけたことであろう。

ところで、フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』を読んだことのある人は、姉妹篇と言いたくなるほど本作と似ていることに気づくだろう。暗示的な手法、致命的な欠点をもつヒーロー、さまざまな視点人物の交代、アクロバティックな語り、後日譚で明かされる悲劇……。フォークナーが本作を強く意識していたことは間違いない。もし異なる作家の作を姉妹篇と呼ぶことが許されるのならば、この二作は世界文学史上屈指の姉妹編といえるかもしれない。 
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テーマ * 書評 ジャンル * 本・雑誌

 

 

 

 
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鄭義信(ちょん・うぃしん)さん。劇作家、演出家。
焼肉ドラゴン』で在日コリアンの歴史を真っ正面から取り上げ、客席を嗚咽の渦に包んだ圧倒的な舞台成果と、興行的な大成功により、在日コリアンの悲劇を歴史の表舞台に引きずりだし、認知させた。
この作品のおかげで、俺たちは、在日コリアンの悲劇を周知の事実として語ることができるようになり、隠れ民族差別主義者の陰険な反論を気にする必要がなくなったように思う。

パーマ屋スミレその鄭義信さん……以下では親しみを込めて義信さんと呼ばせてもらうけど、その義信さんが今回、さらなるド真ん中ストレートで挑んできた。本作『パーマ屋スミレ』は、明確な日付をもった事実、つまり、1963年11月9日に三川鉱ベルト斜坑で起こった炭塵爆発と、この事故が招いた史上最悪のCO(一酸化炭素)中毒死・中毒後遺症のもたらした悲劇に焦点を絞っている(作中では1965年の出来事ということになっている)。

『焼肉ドラゴン』と同じ系譜の作品らしく、三人姉妹、屋根の上の語り手、店構えのセット、上手の三輪トラック(『焼肉ドラゴン』ではリヤカー)、井戸の手押しポンプ(『焼肉ドラゴン』では水道の蛇口)と共通点が多い。
しかし、本作には『焼肉ドラゴン』における人間賛歌の明るさはなく、喜劇的な場面でも事故の暗い影がつねにつきまとう。

たとえば『焼肉ドラゴン』で北朝鮮に渡る清本哲男は、北朝鮮の現実についてうすうす気づいているが、それでも理想国家建設の希望を失っていない。
しかし本作で北朝鮮に渡る張本英勲(石橋徹郎)は、口では「社会主義建設の一翼を担う」とか言っているが、内心では今のつらい現実から逃げ出して死ぬために行くつもりであることが、兄である張本成勲(松重 豊)のセリフから明らかになる。

また三女の高山春美(星野園美)は、CO中毒の激しい後遺症に耐えられなくなった夫を、本人の委託によって殺す。

他にもエピソードはたくさんあるが、ここではすべてを紹介する必要はないだろう。
義信さんは、たしかに、いつものようにあの手この手で観客を楽しませてくれる。しかし、本作にはそれだけでは終わらせないという決意のようなものを感じた。凄味とでも言おうか。
ふと思いついたので脈絡はないのだが、もしこの作品を男の顔にたとえるなら、今回は、表情豊かな美男子というよりも、眼光するどく、頬のこけた、精悍な兵士という風情なのだ。

三人のビッグネーム(南 果歩、松重 豊、根岸季衣)が入った、贅沢な顔ぶれから、丁々発止の芸が堪能できると期待してきた人は多いだろう。もちろん俺もそうだった。たしかに「今回僕らは、高い評価を得た『焼肉ドラゴン』という作品の完成度に立ち向かわなきゃいけない使命があるんですけど」という松重さんの発言(シアターガイド 2012年 04月号)にもあるように、俳優たちは過酷な稽古を経て、高い完成度の演劇空間を作り上げたけれど、本作は、さらにその先を目指しているように見えるのだ。トップレベルの俳優であるかれらの技倆ぎりぎりの、あるいはそれ以上の芸を披露することは当然の大前提であり、その上で、さらにその先のものを示すことを、かれら自身の使命として選びとったのではないか。というのも、丁々発止の芸が、完成を通り越し、「枯れて」きているように俺には思えたのだ。しつこくない。さらりとしている。そこが、『焼肉ドラゴン』との違いとして、もっとも俺の印象に残った点であった。つまり、本作の主人公は、個々の登場人物ではなくて、事故そのものなのではないか。

この作品が、今、この時期に執筆され、上演されることには深い意味がある。
それは、この国の杜撰なエネルギー政策が、またしても悲劇を繰り返し、またしても弱者を切り捨てるという事実が、今まさに現実となっているからだ。そして、それにもかかわらず、政府は反省の色もなく、杜撰な政策を続けることに躍起となっている。
この作品の登場人物たちが味わう悲劇、そしてそれにもかかわらず強く生きていく姿は、この現実に対する強力なインパクトとなろう。
大村茂之(久保酎吉)のセリフが印象に残る。「……まだまだ石炭は掘れるとに、石油に負けてしもうた……石油がいかんようになったら、次はどげんすっとね……」

終幕、登場人物たちはみな新天地へと去り、高山須美(南 果歩)と張本成勲の夫婦だけが残される。須美(CO中毒症の補償のための裁判闘争をつづけている)は、CO中毒症のため半身不随となった夫の成勲を理容椅子に横たえて髭をあたる。雪(戯曲では桜)が降っている。屋根の上の語り手であり、二人の甥であるところの大大吉(酒向 芳)は、自分の差していた傘を、二人の姿の上に差しかける。類まれな美しい幕切れであった。『焼肉ドラゴン』のあの感動のラストを軽く超えてしまったなと思った。

追記 テレビ放送決定 
テーマ * 演劇 ジャンル * 学問・文化・芸術

 

 

 

 
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前編からのつづき)

07.Ransei-Conscientia

<本人解説より>読みはランセイ・コンスキエンティアです(”WeRock"027)。

<1行目>(叶わぬ恋に絶望し)絶望のあまり虚ろな目をして白夜の中を歩かされている囚われ人のように。
<5行目>Eroica=英雄。(私は愛のためにすべてを犠牲にし、それでも報われないけれど)あなた方はどうなの? 勝ち組の英雄さん?
<6行目>自分で選んだ道だから迷いはないが。
<8行目>乱世=苦痛に満ちた現代。
<10―11行目>空気を読んで慎ましく振舞ったほうが得なのはわかっているけどできない。いっそ「世捨て人なので」とでも言って煙に巻こうか。
<12行目>罪を纏う涙=傷つけ、傷つけられて十字架を背負った者が流す涙。

08. The Greatest Cage

<本人解説より>「The Greatest Cage」はじつは私達の住むこの星、ということで……(”WeRock"027)。

<1-3行目>自分の苦しみを誰かに知らしめたくて、必要以上に大袈裟な悲鳴をあげてしまった夜。
<4行目>こんなことをしていていいのかと何度も問いかけた。
<5行目>運命をのろった。
<6行目>何か得体のしれない存在が私を苦しめる。
<7-8行目>極楽よりも絶望を欲する、なんと哀しい欲望。
<9行目>夢よりも絶望を欲する。
<10-11行目>私をいっそう苦しめようとして爪を研ぐこの世界は、私にとって巨大な監獄。
<18行目>この世界よ、爪を研いでもっと私を苦しめろ。
<20-21行目>極楽よりも絶望を享楽する、なんと哀しい満足。
<33行目>私を苦しめながら啜り泣いているこの世界は。

09.Etranger

Etranger(異邦人)=もう一人の私(イド)

<1-2行目>Double fantasyはジョン・レノンの遺作アルバムの名前。
もう一人の私(イド)がいる。だから私を魅惑する幻想は二つ。私を駆るエンジンも二つ。
<3-4行目>私の中の見知らぬ私(イド)が、躊躇するな、心のままに生きよと私の背中を押す。
<6行目>己れの(世間から理解されない)孤独を粗々しく受けとめた。
<7行目>「真摯な愛情」と「気まぐれ」は容易に入れ替わる。どちらかが正しいとは、もはや言えない。
<8行目>理性の憂いが、イドの情熱にのみ込まれ。
<11-12行目>私をどこに連れていくの? 哀しい性(さが)=イドよ。
<13行目>胸のshadow=イドが目を覚まし、私は新しい生きかたを始める。
<14行目>そこはカンパネルラの町だ(トマソ・カンパネッラはイタリア・ルネッサンス期の聖職者にしてユートピア思想家。独自の思想と強い意志を持ち、異端思想を説いた廉で何度も投獄され、拷問、迫害に耐えぬき、狂人とみなされた。『太陽の都』は主著)。
<15行目>その異端者の都へ「憧れ」を探しに行こう。
<30行目>暴挙のshadow=見境なく、野蛮なイド

10.Get Together

愛しい人よ、乱世を共に生きよう。心のままに。

11.Aurea

<本人解説より>タイトルの「Aurea」(アウレア)は"黄金の"という意味です(”WeRock"027)。

苦しくても希望を持って生きよ。おまえは美しい。光は近い。


・アルバムの成り立ち

シングルに向きそうなキラーチューンは04と07。
クライマックスは06、08、09かな。新境地を開く野心作なので歌詞は一見難解だ。浜田さんはこういう勝負曲をアルバムの後半に持ってくることが多い。
10で明るい展開になり、11の優しいバラードで幕を閉じる。


・追記1(雑誌掲載)

俺は音楽に関しては門外漢なので、興味のある方は次を参照していただきたい。
(1)We ROCK Vol.027 インタビュー、本人による全曲解説、レコーディング参加メンバーからのメッセージ
(2)Player 2012年 04月号 インタビュー(マイクの型番やビブラートのかけ方など、テクニカルな話題が多い)
(3)MASSIVE Vol.5 インタビュー((2)とは真逆で、アーチストとしての生きざまに関する話題がほとんど)


・追記2(雑感)

(1)冒頭曲Crisis Codeを聴いていて、Alan Parsons Project "Eye In The Sky" の冒頭曲、'Sirius ~ Eye In The Sky' を思い出した。ベースのロングトーンにピアノのリフ('Sirius ~ Eye In The Sky' ではギターのリフ)がかぶるイントロ、ほとんどコード進行しないフラットな楽曲。どちらもアルバムの冒頭を飾るにふさわしい、スタイリッシュな佳曲だ。

(2)バックコーラスの聴きどころ(バックコーラスといっても、もちろん浜田さん本人の声だ)。
03.'HeartStorm' 21行目「今激しく口づけよう」の「口づけよう」のところでかすかに聞こえる同じフレーズ「口づけよう」のなげやりな唱法。
06.'Forest' 冒頭「Ooooooooo」にかぶるバックコーラスで、浜田さんにしては珍しくクラシック風のファルセットを使っている。
08.'The Greatest Cage' さび部分「More than paradise 哀しきDesire More than dreams 爪を研ぐ大地は」にかぶるバックコーラスのアレンジがいい。

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(2012/02/15)
浜田麻里

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Author:盛々夏野菜

男性、既婚、事務系サラリーマン。
現代思想フェチだが、本を読むのが遅いのであまり多くは読めない。地底人生活を経て現在は臨床心理に関心がある。新鮮な胡瓜が好き。
VBA Expert Standard Crown
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