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盛々夏野菜のハードエッセイ & ショートストーリー 【思想、心理、書評、劇評、感想、あらすじ】
 

 

 
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第1段 獨協大学の伊藤幸次教授によると、「田園監視人」は地方自治体の警察官。「田園監視官」とも訳せるのであろう。だから、女子寄宿生の言葉を日本風に意訳すれば、さしずめ「神さま、どうか警察ではございませんように」ということになろう。「畑のなかに迷い込」んだとか「まったく無邪気な」という記述から推察するに、彼女たちは警察に追われるような悪事を働いたわけではなさそうである。そういう前提に立つと、この段では、彼女たちのうちの誰かが、わけもわからず「田園監視官(≒警察)」という言葉を口走ったがために、その言葉にひきずられて混乱し、現実を見失い、ありもしない危機を恐れておびえる様子を描写したものと思われる。

第2段 アランはこのプロポを読んでいるはずの論敵に痛烈な皮肉を浴びせる。わかりやすさを優先してお下品に表現すると、「テメエがあまり現実離れした危機感におびえていやがるから、おいら、つい、前段のお馬鹿な女学生たちのことを思い出しちまったよ」
アランの楽観思想が気にくわない論敵は、楽観思想をあてこするためにわざと曲解し、危機的な現実から目をそむけるための気休めと決めつけ、「雨が降りそうなら傘を用意すればいい≒現実が危機的なのだから自衛手段を講じるべきだ」と言ったらしいのだ。
その論理をアランは「現実離れしたもの=芝居の書き割り」と決めつけ、痛烈な皮肉をもう一発お見舞いする。「おっと、テメエの話があまり現実離れしていやがるから、おいら、現実とまぼろし=書き割りの区別もつかなくなって、混乱のあまり、家の壁が本物かどうか確かめちまったよ」
ここまでは論争のために書かれたので、反語、皮肉、あてこすりが多くひどく読みにくい。次の段からは一気に読みやすくなる。

第3-4段 アランは、自然現象がもたらす不可抗力の未来と、人間が意志によってつくりだす未来とをはっきり区別しなくてはならないと述べる。後者にあっては、人類に対する信頼や自己に対する信頼こそが、希望を実現する意志のささえとなる。だから楽観思想が必要なのだ。悲観思想によって信頼を否定してはならない。

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アランの『幸福論』には93の断章が入っている。
短いから読みやすいかといえば、そうとばかりはいえない。中には相当手強いのもある。
26番「ヘラクレス」はその一つで、一度読んだだけではさっぱり意味がわからない。
「苦境を脱する意志」の話題からはじめておいて、なぜ2ページかそこらで「相違や多様性」の話題に変わってしまうのか?

おそらく、この断章を構成する5つの段落はあまり緊密には結びついていない。やや散漫な感じは否定できない。中心段落の4段をなかだちとして、ゆるめに結びついていると言えるだろう。
キーワードの「障害」も段落ごとに呼び名が異なるし、それを論ずる視点も異なっている。

1段で提起された「障害」のテーマは2段に引き継がれ、決断する若者の潔さが論じられるが、やや横道にそれたのでその話題は放置される。3段と4段(3段が導入で4段が本論)で、「障害」のテーマは「タナボタ」との対比で改めて論じられ、むしろ「障害」はよいものであることがわかってくる。そして5段でまとめの要約がなされる。

では、「障害」の概念に着目して段落ごとにテキストの流れを整理してみたい。

1段 苦境(障害)に打ち勝つ力は人間の意志の中にしかない。ヘラクレスはそのよい手本だ。
2段 障害に打ち勝つ意志をもつ者は、自分のあやまちを直視し、ひきうけることができる。
3段 タナボタ式に幸運が舞いこむ(障害がなくなる)ことをあてにしてはならない。
4段 存在は人間の欲望に最適化されてはいない。その意味ではすべてのものが障害と言ってもよい。人間の営みだけが障害を排除し、幸福のための道を切り開く。だから、何につけ、自分で何もしないうちから幸福の前兆があらわれるのはよくない。世界がよそよそしさ(障害)に満ち、自分の意志で切り開かねばならないことを忘れ、タナボタ式に幸福が舞いこむことを期待してしまうからだ。存在の真実の姿は、口あたりのよい前兆ではなく、豊かなよそよそしさの中にこそあるだろう。それこそがほんとうに美しいし、じっさいに役に立つ。
5段 精力的な人たち(障害に打ち勝つ意志をもつ者)は、さまざまな相違や多様性(人間の欲望にあわせて仕組まれた紋切型の前兆ではなく、自然発生的であるゆえに、多様でよそよそしい)を好むことを、ぼくは知った。真の平和は(タナボタをあてにして生きる人びとの怠惰と不平の間ではなく)力と力(障害に打ち勝ち、幸福を手に入れようとする意志と意志)の間にある。

ところで、俺がアランの『幸福論』を手に取ったのは、他の多くの人と同じく、NHK・Eテレの『100分de名著』に取り上げられたからだ。この『100分de名著』は、他にもニーチェ『ツァラトゥストラ』とブッダ『真理のことば』を取り上げていて、「心の平和」(思い切って言い換えればメンタルヘルス)への志向が強い番組だと思う。

それはともかく、アランの『幸福論』を読んでみると、題名からうける印象とは相違して、身体の重要性と「自動思考」の危険性を説き、唯物論的(「商品」ではなく「身体」の方の)で、マインドフルな洞察にあふれている。俺がこのブログで語ろうとしているテーマを先取りしている。つまり俺は偉大な先達に出会ったのだ。アランを知ったのはこのブログを始めた後だけれど、この先達に敬意を払いつつ書きついでいきたい。俺はアランとは違って吹けば飛ぶような書き手だけれど、先達がいることはこころづよい。

アラン『幸福論』の翻訳は岩波文庫(神谷幹夫訳)がすぐれている。他の訳をいくつか眺めたが、難解な箇所への取り組みが弱いと思う。
必ずしも岩波文庫が権威というわけではないが、この本に限っては岩波文庫で読んでほしい。

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盛々夏野菜

Author:盛々夏野菜

男性、既婚、事務系サラリーマン。
現代思想フェチだが、本を読むのが遅いのであまり多くは読めない。地底人生活を経て現在は臨床心理に関心がある。新鮮な胡瓜が好き。
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