きゅうり

 

盛々夏野菜のハードエッセイ & ショートストーリー 【思想、心理、書評、劇評、感想、あらすじ】
 

 

 
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先日、『心をはなれて、人はよみがえる―カウンセリングの深遠』の紹介で、俺は、「八方塞がりになったときに「心をはなれる」状態が生まれる。そして苦痛が消える」と書いた。
俺がほんの1行ですませてしまったこの過程を論ずるのに、著者は今回紹介するこの1冊をまるまる費やしている。

上記の八方塞がり状況を著者は「絶対矛盾」と命名する。
A(枠を守り、いい子を演ずる自分)と反A(枠に反発し、自由にふるまおうとする自分)が対立し、どうにもならなくなった状態が「絶対矛盾」である。
この「絶対矛盾」に直面したとき、カウンセラーは何もアドバイスすることができない。
何かアドバイスすれば、それはAか反Aのどちらかを支持することになり、もう一方を抑圧してしまう。
だからカウンセラーは「あいまい」にふるまうしかなく、この矛盾をただ受容するようにつとめる。
そしてクライエントがAと反Aの両方を受け入れられるようになったとき、枠の圧力は消え、「ふっきれ」て、新しい生き方(C)に至る。

へたな例だけど、母親から早起きを命じられた子どものことを考えてみよう。
早起きの指令は「枠」であり、これにすなおにしたがうのはAである。反発して起きないのは反Aである。どちらも枠の圧力にたいする反応だ。
子どもがAの時期を経て反Aの反発を感じ、絶対矛盾を経験し、やがて起きても起きなくてもどちらでもいいと思えるとき(C)がくるならば、枠の圧力は消え、自分の意思で起きられるようになるだろう(もちろん起きなくてもよい)。そして母親も変わる。

さらに、本書では俺たちが「枠」を身につけるにいたる過程で「恐怖」が演ずる役割について述べている。人から見はなされたり嫌われたりする恐怖のために、俺たちは「枠」の圧力に屈し、苦しい生き方をえらんでしまったのだ。
絶対矛盾のもとで自分の「恐怖心」を直視し、そんな弱虫の自分を受け入れることが、新しい生き方(C)にいたるための鍵である。

もちろん、本書はこの程度の紹介では汲みつくせない豊かな洞察にみちている。ぜひ手にとってほしい。
他の2著の紹介でも書いたように、回復のロードマップとしてこころづよい友になるはずである。


余談であるが、高橋先生が使う用語はラカン派の用語とうまく重なるのだ。
「枠」=大文字の他者、A=疎外、反A=分離、C=幻想の横断。
同じこころという対象を扱う概念装置が似てくるのは当然といえば当然なのだが。

生まれ変わる心―カウンセリングの現場で起こること生まれ変わる心―カウンセリングの現場で起こること
(2003/02)
高橋 和巳

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本書は先日ご紹介した『心をはなれて、人はよみがえる―カウンセリングの深遠』の6年前に書かれた。

自分を縛る「枠」へのとらわれを軸として、うつ、拒食、引きこもりとそこからの回復が詳細に語られる。
「絶望」し、「あきらめ」たときに新しい自分との出会いがある。そこにいたる過程で俺たちが何を感じ、何に悩むかが書かれている。苦難の道行きの水先案内をつとめてくれる稀有な書物だ。

前掲書の紹介で、俺は「怒り」の効用について述べた。以前の苦しい生き方に戻ることを許さない(それゆえ回復の決め手となる)「怒り」のエネルギーだ。
本書では同じことを「身体が許さない」と表現している。このテーマについて、前掲書では軽く触れられているだけだが、本書では実例を引いて詳しく語られる。座右に置いて、攻略本のように使おう。

新しく生きる―今の自分でいい、そのままでいい新しく生きる―今の自分でいい、そのままでいい
(2001/08)
高橋 和巳

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作家の高橋和巳とは別人だ。

お世話になっている臨床心理士のメールマガジンでこの本を知った。
ページ数は少ない。改行が多く、余白が目立つ。しかし内容の濃さは一級であった。

神経症からの回復過程が明晰に語られる。
個々の症例によりそいつつも、決して多様性の中にうずもれることなく、体験の核をつかみ出して見せてくれる。
豊富な臨床経験がこの明晰さを可能にしたのであろう。
明晰だからページ数を費やさずにすむのだ。

制約が多く苦しい生き方を自分に課して生きてきた自分がいる。
その生き方がやがて行き詰まり、制約の多い「オモテの自分」と、やんちゃな「裏の自分」が葛藤を起こす。はてしない苦痛がつづく。八方塞がりになったときに「心をはなれる」状態が生まれる。そして苦痛が消える。もっとも、カウンセリングによってガイドされることが必要なのだが。

あ、俺のことだ、と思った。俺が通ってきた道だ。俺はまだ道半ばだけれど。
そして俺がこれから通る道だ。しかも著者はこの道を漠然とではなく明晰に照らしだしてくれた。
この本のおかげで、わが回復過程を、横道にそれることなく進んで行けそうな気がする。

各ページ感動の連続だが、特に感銘を受けた点を2つ述べておきたい。

ひとつは「怒り」の効用だ。カウンセリングの過程で「怒り」が重要な役割を果たすらしいことは知っていたが、俺は漠然としか理解していなかった。本書を読んでわかったのは、以前の生き方(制約の多い生き方)に戻ることを決して許さないのが「怒り」のパワーだということであった。そうか、「怒り」の使いどころはそこなのだな。
いくら「自分を責めるのはよそう」と誓っても、自分を責める反応が自動化されている場合は、この反応を止めるのに巨大なエネルギーが必要だし、止める努力そのものが新たな葛藤を生み、苦痛を増す結果となるだろう。
しかし、自分を責めそうになるたびに「怒り」がもつ反発のエネルギーをそこに流しこみ、「二度と自分を責めたりするものか」と心のなかでつぶやくならば、持ちこたえることは可能であろう。うまく説明できないが、ここでは葛藤とは異なる過程が進行するようだ。だって胃が痛くならないもん。

もうひとつは「自我」をはなれた俺がどこへ向かうかだ。
この本を読むまで、俺は制約の多い「オモテの自分」が自我であり、俺はそこをはなれて「裏の自分」である欲動に向かえばよいのだと思っていた。
ところが、この本によれば「オモテの自分」と「裏の自分」の両方が自我であり、俺はそのどちらからもはなれるのだ。そして「はなれる」ことそのものが「大我」と呼ばれる。
「大我」がいかなるものかを描写するのは俺の手に余る。ぜひ本書に直接あたってほしい。
俺は、「大我」をイメージできるようになったことで、わが回復過程をよりいっそうバージョンアップさせることができそうである。

心をはなれて、人はよみがえる―カウンセリングの深遠心をはなれて、人はよみがえる―カウンセリングの深遠
(2007/06)
高橋 和巳

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Author:盛々夏野菜

男性、既婚、事務系サラリーマン。
現代思想フェチだが、本を読むのが遅いのであまり多くは読めない。地底人生活を経て現在は臨床心理に関心がある。新鮮な胡瓜が好き。
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