きゅうり

 

盛々夏野菜のハードエッセイ & ショートストーリー 【思想、心理、書評、劇評、感想、あらすじ】
 

 

 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 

 

 

 

 
日本の会社員の悲劇は、需要が極端に少ないために顧客優位となり、わずかな利益と引きかえに要求される労苦の程度が、個人の人格を蝕むレベルにまで達していることだ。クレームと返品が増え、うつ病者も自殺者も増える。小さな失敗をあげつらっていじめぬく風潮は、デフレ状況の必然的な産物だ。それが避けえない自然現象ならば甘受もしよう。しかし、もしそれが官僚主導で進められた政策の失敗が招いた「人災」であり、避けようと思えば避けえた悲劇だったとしたらどうであろうか。しかも彼らはその失敗に口をぬぐい、失敗を認めないために屁理屈を並べ、悪政を継続して国民をいっそう不幸にしようとしているとしたら。

著者によれば、現在の「平成恐慌」は、日本を太平洋戦争にいたらしめた昭和恐慌のときと同型の失政が原因である(90ページ)。当時の浜口内閣はデフレ状況にもかかわらず緊縮財政を断行し、節約・倹約を奨励した結果、「国内経済は一段と落ち込み、社会は乱れ、人心は荒廃した。多くの国民が家族離散の憂き目に遭い、とくに農村では生活に窮しての娘の身売りが日常茶飯事となっていた」しかも、当時の大マスコミも現在と同じようにデフレ政策礼賛の記事をたれ流しつづけた(92ページ)。デフレ状況は資産価値を相対的に高め、富裕層には有利だからだ。この状況を救ったのは犬養内閣の高橋是清蔵相だった(93ページ)。彼は積極的な公共投資によって有効需要を創りだす政策をとった。

詳細は本書に譲るとして、このようにデフレ状況下の緊縮財政は禁忌なのだ。国家財政の建て直しを旗印にした構造改革や緊縮財政は、経済を疲弊させ、結果として税収も減り、いっそう財政を厳しくさせる。一方で、公共投資によってデフレ危機を救った例は枚挙にいとまがない。

では、なぜ日本の政治は歴史に学ばないのか。なぜ同じ失敗を繰り返すばかりか、それを止めもせず、いっそう傷口を広げて国民を不幸にさせるのか。それは新自由主義(69ページ)かぶれの学者、経済人、官僚、政治家が発言権をもっているからだ。新自由主義は政府による公共投資を認めない。

たしかに、新自由主義思想は企業家マインドをくすぐる。政府の口出しがなく、自由に商売ができるユートピアを幻想させるからだ。しかし、誰もが他者を出しぬき、自分だけ金持ちになろうとすれば、少ないパイの奪い合いとなり、ほんの一握りの勝者を除くすべての者は必然的に敗者となる。しかも力関係の序列は決まっていて新参者に席などない。デフレ状況下であればその傾向はいっそう強まる。負け戦とわかっていて、社員の尻たたきながら勝負かけることの、どこに夢があるのか。

一方、自分だけでなく、潜在的な購買者である他者も金持ちになることを許容するならば、状況は変わってくる。豊富な有効需要があれば利益にありつく者の数が増える。勝ち組はいっそうの富を手にし、負け組にもチャンスが生まれる。成功の見込みがあれば投資も増える。

しかし、その有効需要を創りだすことができるのは新自由主義者の嫌う「公共投資」なのだ。安価で高品質の製品があるだけでは消費行動は起こらない。買うための「カネ」がなくてはならない。

それとも、新自由主義者の裕福な諸先生方、デフレを放置して貧乏人が苦しむのを見たいですか。
もうやめようじゃないですか。全国民が豊かになって、もっとおおらかに人生を送れるようになろう。


【追記1】本書は「目からウロコ」の連続だが、特に感銘をうけた点を二つ述べておく。

(1)バブル崩壊後、政府は不良債権を洗い出すために金融商品の「時価会計」(および不動産の「減損会計」)を採用し「取得原価主義」を捨てた。これによって企業収益は減り、デフレが加速された。「不良債権処理」という観点からは一見正しいように見える「時価会計」であるが、「取得原価主義」と比較してどちらかが100%正しいということは言えない。結局はさじ加減の問題なのだ。米国のポールソン財務長官は、リーマン・ショック発生時、金融機関への「時価会計」の適用を即時停止した(65ページ)。反対に、日本の竹中大臣は「時価会計」と「減損会計」のやりすぎによってUFJ銀行を倒産に追い込み、東京三菱との合併を余儀なくさせた(67ページ)。要するに、正義にも限度があるのだ。いや、いかなる正義も相対的だというべきか。

(2)俺は銀行の貸し渋りによる中小企業の倒産は銀行の体質に問題があると思っていた。しかしそれだけではなかった。それは金融庁が義務付けた「自己資本比率規制」だ(66ページ)。この規制のために、国際ルール上は本来規制を受けない中小金融機関まで貸出を抑制せざるをえなくなった。現実を見ず、一方的な机上の「正義」を押し付ける、日本の官僚の悪弊がここにも見られる。

【追記2】「財政危機」という詭弁の正体については本書でたっぷりと述べられているが、ここでは一国の財政を家計と比較することの誤りについて一言しておく。たしかに、家計は節約・倹約につとめるほど資産が増えるだろう。家計は「使っても増えない」からだ。しかし一国の経済は違う。国家の規模では「使えば増える」、いいかえれば、政府がお金を使って金回りをよくすれば、乗数効果によって使った以上に税収も増える。逆に、使わなければ税収も減り、ジリ貧になって行く。つまり、大マスコミの嫌う「バラマキ」こそが経済を救うのだ。むしろ公共投資に「バラマキ」という蔑称をつけて酷評する大マスコミの真意のほうが問題だ。

【追記3】ブックマーク
本書には詳細目次がついていない。拾い読みする人のために、注目すべき章節の見出しとページ番号を一覧にしておく。

・公共投資は経済成長にプラスにならない(という虚言) 19ページ
・石油危機後の安定成長は積極経済で実現 26ページ
・デフレの原点は橋本財政改革 48ページ
・財務省は「粗債務」で判断し財政危機だと誤認 50ページ
・小渕首相が危機を克服 54ページ
・均衡財政政策の導入で財政デフレに 57ページ
・なぜ均衡財政を導入したのか 59ページ
・労働基準法の改定――解雇が自由なリストラ・デフレに 62ページ
・昭和恐慌と平成恐慌との類似点 97ページ
・財政支出の効果を否定するマネタリストの見解は誤り 108ページ
・デフレ突入を寸前で阻止したオバマ大統領 112ページ
・日本は世界一財源の豊かな国 119ページ(新規国債の財源についての提言を含む)
・財務省の二枚舌 125ページ
・なぜ財務省は財政危機を煽るのか 136ページ
・政府財務省による国民の騙し方 140ページ


日本を滅ぼす消費税増税 (講談社現代新書)日本を滅ぼす消費税増税 (講談社現代新書)
(2012/11/16)
菊池 英博

商品詳細を見る
 
スポンサーサイト
テーマ * 衆議院解散・総選挙 ジャンル * 政治・経済

 

 

 

 
「日本未来の党」は卒原発、脱増税、反TPPを掲げている。国民目線に立てばこの結論しかないと思う。しかし官僚、財界、大マスコミにとってはけむたい存在のようだ。俺がそう思った理由を二つ述べる。

1.同党には坂本龍一、菅原文太、稲盛和夫、鳥越俊太郎、茂木健一郎という好感度の高い著名人が賛同しているのに、この事実をテレビはほとんど取り上げない(注1)(注2)。

2.同党の名前でGoogle検索しても、公式ホームページのリンクがなかなか見つからない。それどころか、トップでヒットしたのは読売のあくどい「こきおろし」社説だった。こういう検索結果に作為が入っていないはずはない(注3)。

自分たちにとって不利なものを徹底して抑えこむ。そういうエリートたちに行政、経済、報道を握られてしまっているというのが、中国や北朝鮮を嗤っていられない日本の現状なのだ。

しかし幸いにして、俺たちの情報チャンネルはテレビや五大紙だけではない(注4)。いいかえれば、テレビと五大紙だけを自分の情報源とすることは、自分の生活とささやかな幸福を一握りのエリートたちにあけわたす自殺行為だ。

俺にとって、小沢氏や亀井氏という尊敬すべき政治家が合流していることは、この党に興味をもつ最大の要因のひとつである。しかし大マスコミは、同党の実態は「小沢新党」であり、闇将軍の復活だと書きたてる。まあ、それはそれでいい。エリートたちが、自分たちの支配に風穴を開ける見識と実行力をもっているのは誰であるかを理解している証拠だからだ。

一方、彼らにとって「日本◯◯の会」は恐れるに足らない。彼らの支配を転覆させることはないからだ。◯◯氏がいくら暴言を吐いても報道されつづけるのは、彼の発言が、結局のところエリートたちの欲望と一致しているからであろう。そして、勝ち組にぶら下がって大言壮語し、自分だけは得をしよう思っている、あわれな庶民(注5)の欲望とも。

ところで、同党の公約には一つだけ不満がある。それは「公共投資」を謳っていないことだ。エリートたちの主導する、狂った構造改革と意図的なデフレ政策のもたらした日本の不幸は、積極的な公共投資によって解決される必要がある。もっとも、小沢氏も亀井氏もそのことは十分理解しているはずだから心配ないと思うけど。

(注1)マスコミウォッチを仕事としているわけではないのでリサーチはしていないが、すくなくとも俺はこの事実についてテレビで一度も見なかった。ニュースバリューは十分であり、繰り返し報道するに値すると思うのだが。
(注2)坂本龍一氏や茂木健一郎氏は、今後、テレビへの露出が激減するのではないだろうか。かつてワイドショーの常連コメンテーターだった故井上ひさし氏は、コメ自由化反対の発言をはじめたとたんに、さっぱりテレビで見かけなくなってしまった。この国で、官僚の意に沿わない発言をするとそういう目に遭うのだ。もっと怒れ日本人。
(注3)検索エンジンの運営会社は営利企業だから、スポンサーへの配慮は避けられない。したがって、検索結果は純粋な統計的実体ではない。スポンサーの意向に沿った記事を上位ヒットさせたり、意向に沿わない記事を上位ヒットさせない細工をすることは、事業として成功させるために不可欠である。
(注4)俺のニュースソースを一応記しておく。あまり熱心に情報を集めるタイプではないので参考にならないかもしれない。いずれもつねに目を通しているというわけではないが、『週刊ポスト』、『日刊ゲンダイ』、「田中宇の国際ニュース解説」、そして新書たち(特に「集英社新書」と「講談社現代新書」)だ。
(注5)これこそがエリートたちの思う壺なのだ。勝ち組幻想をいだいてエリートたちに肩入れするが、エリートたちの権益拡大のためにさんざん利用された上で、負け組として切捨てられる。そんなことはわかりきっているじゃないか。負け組を出さない社会をつくることこそが重要なのだ。
 
テーマ * 衆議院解散・総選挙 ジャンル * 政治・経済

 

 

 

 
ニュースを観ていると、今の民主党は国民の味方ではなく、財務省や、東京電力や、米国防省の味方であることが日に日に明らかになってくる。恥ずかしげもなく、国民とは反対の方向を向いた政策をとりつづけている。
もはや民主党には何の望みももてない。
かといって自民党はどうかといえば、自民党政権はそもそも官僚・財界・米国を後ろ盾とする政権であった。
唯一の頼みの綱は小沢新党だけど、政治手腕を発揮する以前に、国を挙げてのバッシングの嵐に対抗するため、相当なエネルギーを使わざるをえない。
北朝鮮では金正恩氏の側近が突然失脚し、恐怖政治が続いているかのように報道されているが、決して対岸の火事ではない。日本では、上記のような官僚・財界・米国中心の政治を変えようと奮闘している政治家を、冤罪とわかっている罪状で裁判に縛りつけ、政治生命を奪おうとする画策が、公然と行われているのだから。

国民不在の報道を続ける大手マスコミも罪深い。官僚・財界・米国に有利な報道ばかりを垂れ流し、ときどきガス抜きのために官僚批判の真似をしてみせるだけ。戦前の彼らが大政翼賛にこれつとめ、日本という国を破滅に向けて暴走させた時と、体質は変わっていない。

必要なことは、俺たち国民が、テレビや大新聞の(コントロールされた)情報を絶ち、自力で情報を集めて選挙に臨むことだ。今の時代、それは十分に可能なのだから。 

 

 

 

 
指定弁護士の天方徹(あまかたてつ)弁護士は「検察審の負託は(判決の)確定まで続くと思う。(控訴や上告をせず)途中で事件を終わらせる権限こそ(指定弁護士には)ないのではないか」と話す。(毎日jp)

では「検察審の負託」とは何なのか。

検察審は、検察のデッチ上げ捜査報告書を信用して強制起訴を決定した。その捜査報告書は一審で証拠採用を却下された。その時点で強制起訴の根拠は消滅した(そこで裁判を打ち切ってもよかった)。
にもかかわらず、なぜ控訴することが「検察審の負託」に応えることになるのか。

もし、根拠が消滅しても効力は存続するという形式主義的な詭弁をあくまでも押し通そうというのなら、指定弁護団は正義や民主主義や人権よりも法的手続を優先していることになる。

それとも、控訴を実行することが「検察審の負託」なのか。もしそうだとしたら、指定弁護団は正義や民主主義や人権よりも、狂った一機関の決定を優先していることになる。

いずれにしても、国民の負託に応えていないのは明らかだし、彼らがそんな理屈を本気で信じているわけがない。
論理的に破綻していることを十分承知しつつ、石頭のふりをして、あえて杓子定規な法解釈をとる彼らの暴挙の背景には、小沢氏の人物破壊を目論む圧力が透けて見える。

その圧力に屈することは民主主義を踏みにじり、国益を破壊する。もっとも、官報複合体の利益を「国益」と呼ぶなら別であるが。

「負託」という難解語を使って大衆を騙しおおせたつもりであろうが、かえって論理性の欠如と権力の横暴ぶりを露呈しただけだった。
俺たち大衆を騙し続ける国家権力の暴走は、ついに黄昏を迎えるのだ。 

 

 

 

 
昨日発売の『日刊ゲンダイ』2012年4月30日号に、小沢裁判の総括が載っている。簡潔かつ核心をつく記述であり、全文引用したいくらいだが、そうもいかないので見出しを箇条書きにしておこう。

・無罪判決でも犯罪人扱い報道
・小沢報道は全部ウソだったと謝罪の必要
・その批判もなく小沢は実質有罪、政治的けじめをつけろと叫ぶ大マスコミの狂気
・これで消費税増がつぶれたら困ると書くスリカエ
・政局を書くのはそれだけ小沢の強大な力を認めているからだ
・この国の大マスコミは戦前戦中と同じ権力の走狗
・飛び交う小沢裁判「控訴」 調子に乗るなよ、検察もどきの指定弁護士

たいへん濃い内容であり、一読をお勧めする。
俺が読んで思ったのは、今の日本の政治報道に関する限り、良識を担っているのは大新聞・テレビではなくて、タブロイド紙や非主流週刊誌だということだ。
デスクに押さえつけられて真実を書けない大新聞の記者たちも、上の記事を読んでひそかに喝采しているのではないだろうか。

『日刊ゲンダイ』4月28日掲載 小沢報道は全部ウソだったと謝罪の必要
『日刊ゲンダイ』4月27日掲載 小沢無罪判決を多くの人々はどう評したか 

 

 

 

 
日本の民主主義の未来は絶望的に見えたが、小沢氏の無罪判決によって一縷の望みがもてるようになった。
「暴力」ではなく「言いがかり」の影響力によって支配する日本の非公式権力。非公式であるがゆえに、関係機関の一部でも正常に機能すれば権力の暴走は防げるということが、今回の判決で証明された。検察、官僚、マスコミ、米国の圧力にもかかわらず、無罪判決という英断(当然なのだが)を下した裁判所の姿勢を評価すべきであろう。

この機会に読んでおきたいのが本書である。
「出る杭は打たれる」という悪しき伝統を国家レベルで実行に移し、多くの有能な人材に「悪」のレッテルを貼り、葬ってきた日本の非公式権力。明治政府の誕生や、占領下の戦後体制に遡ってその起源を探り、所業を告発する。
話題は、スキャンダルによって支配する政治手法、マスコミの果たした役割、戦後日米関係の病理にまで及ぶ
(オバマ政権があからさまに鳩山内閣蔑視の行動を取り、ゲーツ国防長官に至っては自衛隊による栄誉礼を拒絶し、歓迎食事会にも欠席したというくだりを読んで、俺はナショナリストのつもりはないけれど、悔しくて涙が出そうになった。日本を属国扱いするその身振りと、その態度に抗議せず放置したばかりか、鳩山氏に恥をかかせるため米国筋に入れ知恵までしていたという非公式権力の横暴ぶりに腹がたって仕方がなかった)。

多くの国民が本書を読み、俺たちはもうスキャンダルには騙されないという決意を共有できるようになればいい。

人物破壊  誰が小沢一郎を殺すのか? (角川文庫)人物破壊 誰が小沢一郎を殺すのか? (角川文庫)
(2012/03/24)
カレル・ヴァン・ウォルフレン

商品詳細を見る
 
テーマ * 書評 ジャンル * 本・雑誌

 

 

 

 
大新聞・テレビの報道に疑問を持ちはじめたのは、郵政民営化の時だった。

絶対に倒産しない国営銀行が俺たちの財産を守っていた。最悪の場合でも政府がなんとかしてくれるという安心感があればこそ、俺たちは郵便貯金を利用したのだった。それは国民のエゴではない。国民の財産を安全に守る方法があったのだから、それを続ければよかったのだ。ときに日本型社会主義と揶揄される、日本の優秀な官僚が発明した相互扶助システム。俺たちはそれを享受しつづける権利があった。

郵政民営化とは、俺たちにその特権を手放し、財産を失う危険を甘受せよと迫る「改悪」だった。勉強しなくてもわかる簡単な理屈だ。当時の政権には国民を守る気はないのだなとすぐわかった。米国の市場開放圧力に、国民を差し出して応えた腰抜け政権。威勢だけはいいこの政権を礼賛する大新聞・テレビを、信用することはもはやできないと思った。逆風に立ち向かう亀井氏たちの行動こそ称賛すべきだったのに、そこへ深く切り込む報道はなかった。

現在、当時の政権に輪をかけて不見識な、おそらく戦後最悪の政権が、経済的な意味での阿鼻叫喚の図を現実化させかねない、悪魔の取り引きを実行しようとしている。
どうぞ経済侵略して下さいと言って門戸を開け放ち、侵略者を手引きし、国内産業を見殺しにする政府がどこにある?

それにもかかわらず、大新聞・テレビは、最初から結論は決まっているかのような報道ぶりだ。
つまり、これらのメディアも、国民を侵略者に差し出す政権と同じ陣営に属する勢力と考えざるを得ないのだ。

参考文献:

TPP亡国論 (集英社新書)TPP亡国論 (集英社新書)
(2011/03/17)
中野 剛志

商品詳細を見る
 

 

 

 

 
『週刊現代』2012年4月28日号に、

・財務省の「洗脳とメディア操作」を暴く
・朝日「消費増税」礼賛と、国税調査

の2本が掲載されている。

財務省が、国益のためではなく、みずからの権力強化のために望んだ増税であるのに、官邸はヒーロー気取りで命をかけている。裏で嘲笑われているとも知らずに。

大新聞の記者は、財務省=国税庁に交際費を調べ上げられ、増税を批判する記事を書けなくなっている。

この暴力なき暴力。
どうか政治家の皆さん、この強すぎる国家権力にメスを入れて下さい。

週刊現代 
テーマ * お薦め記事 ジャンル * 本・雑誌

 

 

 

 
政治ネタなど書くつもりはなかったのだが、現状があまりにもひどいので、一言述べずにはおれなくなった。

アメリカ式の格差を輸入し、国民を不幸にすることがわかっていながら、TPP参加を宣言してしまう首相とは何なのか?(それ以前に、自国の産業を保護しないばかりか、他国の資本の前に差し出すような政府を政府と呼べるだろうか?)
G20で、乞われてもいない消費税10%を公約してしまう首相とはいったい何なのか?
安倍、福田、麻生、鳩山、菅という5人の総理の言動をことごとくこきおろし、早期退陣に追いこんできた大手マスコミは、この没個性な総理の亡国的な言動をまのあたりにして、今回は何をしているのか?

アメリカの軍産複合体に相当する巨大なエリート集団が日本にも存在し、大手マスコミを掌握しているのであろう。
そして、この集団のシナリオのとおりに動くことを誓約した総理だけが、存続を許されるのであろう。
つまり、現在「野◯◯をプロデュース」しているのはこの集団であろう。
この集団と対決した小沢氏も消されつつある。
現代の藤原氏だ(当然比喩である。藤原姓の人のことを言っているのではない)。
日本は平安時代に先祖帰りしてしまった。
 

 

 

*Template By-MoMo.ka* Copyright © 2017 まず深呼吸、一歩引いて気楽に行こう, all rights reserved.

盛々夏野菜

Author:盛々夏野菜

男性、既婚、事務系サラリーマン。
現代思想フェチだが、本を読むのが遅いのであまり多くは読めない。地底人生活を経て現在は臨床心理に関心がある。新鮮な胡瓜が好き。
VBA Expert Standard Crown
VBA Expert Standard Crown

未分類 (1)
思想とメンタルヘルス (34)
シアター (8)
シネマ (0)
ミュージック (4)
デジタル (2)
自分を苦しめない暮らしかた (19)
全体は部分に優先する (9)
高橋和巳 (3)
アラン『幸福論』 (2)
自我の二重化という手法 (2)
鄭義信 (8)
浜田麻里 (4)
外国文学 (1)
日本文学 (10)
政治 (9)
マスコミ (3)
疑似科学・擬似医学 (3)
石原加受子 (2)
掌編小説 (7)

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。